七草粥の由来と意味、日本での歴史や子供向けの説明の仕方も

この記事は約 8 分で読めますよ。

1月7日に食べるのが、春の七草を使った七草粥です。
どうして、1月7日に七草粥を食べる習慣が日本に根づいているのか、気になるところですよね。



七草粥の由来と意味は?

七草粥の由来は中国にあるのですが、まずは人日の節句について説明しないといけません。
節句と言えば3月3日桃の節句(ひな祭り)や5月5日の端午の節句(こどもの日)が有名ではありますが、節句は以下の5つがあります。

  • 1月7日 人日(じんじつ)の節句 ※和名は七草の節句
  • 3月3日 上巳(じょうし)の節句 ※和名は桃の節句
  • 5月5日 端午(たんご)の節句 ※和名は菖蒲の節句
  • 7月7日 七夕(しちせき)の節句 ※和名は七夕(たなばた)
  • 9月9日 重陽(ちょうよう)の節句 ※和名は菊の節句

この5つの節句はまとめて五節句と呼ばれていて、江戸時代には祝日に定められていたんですね。
それぞれの節句には、日本の宮廷で節会(せちえ)という宴会が開かれていたのですが、その辺りはこちらの七夕の記事でも説明しているので、ぜひチェックしてみてください。

5つの節句も元々は中国由来で、1月7日の人日の節句は人、つまり人間を占うための日だったんですね。
昔は、今よりも遥かに占いが信じられていましたが、中国の前漢時代には1月1日から1月8日まで毎日違うものを占っていて、それが以下の通りです。

  • 1月1日 鶏
  • 1月2日 狗(犬)
  • 1月3日 猪
  • 1月4日 羊
  • 1月5日 牛
  • 1月6日 馬
  • 1月7日 人間
  • 1月8日 穀

1月6日までは動物、1月7日が人間、そして1月8日は農作物の収穫に関することを占っていました。
それぞれの動物の日はその動物を大切にする日なので殺してはダメで、1月7日は人の日なので犯罪者であっても刑罰が行われなかったんですね。

動物についてはちょっと蛇足ではありましたが、古代中国で1月7日は人の日だったので、中国に人日の節句が定着したわけです。
この前漢の時代からしばらくは七草粥の習慣などはなく、七草粥が登場してくるのは唐の時代の話ですね。

当時は七草粥なんて名前ではなく、7種類の野菜を使った羹(読みは「あつもの」でとろみがあるスープのようなもの)が食べられていました。
「七種菜羹(しちしゅさいこう)」なんて四文字熟語があります(漢検だと1級レベル)が、これは中国で人日の節句に食べられていた羹のことと考えられますね(転じて、七草粥のことを指します)

無病息災を願って人日の節句に食べられていた野菜の羹ですが、これが奈良時代に日本に伝わったのです。

七草粥の由来と日本での歴史

日本では若菜摘みという、雪から出てきた若菜を摘むイベント(のようなもの)があり、この若菜摘みと中国から伝わった羹が合体して、七草粥になりました。
肝心の春の七草については説明していませんでしたが、具体的には以下の7種類の野草のことですね。

  • セリ
  • ナズナ
  • ゴギョウ
  • ハコベラ
  • ホトケノザ
  • スズナ
  • スズシロ

七草粥の形だと元々の野草が今ひとつ分かりにくいですが、スズナは現代のカブ、スズシロは現代の大根のことですね。
セリとナズナは現代でも同じ呼び方で、ゴギョウは現代ではハハコグサ、ハコベラは現代ではコハコベ、ホトケノザは現代ではコオニタビラコと呼ばれています。

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ただ、当初の七草粥は今に伝わったいる春の七草が使われていたわけではなく、時代によって使われていた野草は違うようなんですね(書物によって違ったりする)
元々、七草と言えばこちらの記事で取り上げた秋の七草のことだったのですが、いつの間にか七草と言えば春の七草になっていたりと、経緯については謎もあります。

現代に伝わる春の七草を使った七草粥が記録の上で初めて登場するのは、1362年頃に四辻善成によって発表された「河海抄」とされています。
春の七草の種類についてはよく分からないところがあるものの、中国と日本の文化が合体して日本に七草粥を食べる習慣ができました。

ところが、これが一般的になるのは「河海抄」からもだいぶ時代が経過した江戸時代のことですね。
上で書いたように江戸時代には節句が休日として定められていて、これが普及の大きな要因です。

さらに、江戸時代はおせち料理が一般的になった時代でもあり、すごいごちそうだったんですね。
だからこそ、ごちそうを食べて疲れてしまった胃腸を整える意味で、シンプルな七草粥を1月7日に食べる習慣が根づきました。

幕府では将軍、それに全ての武士が七草粥を食べる公式の行事があったほどで、色々な記録で七草粥が登場しています。
現代では普通にお正月にスーパーも空いていますし、好きなものを食べられるのですが、無病息災を願って七草粥を食べるのもいいと思いますよ。

七草粥の由来を子供向けにどう説明する?

今では七草粥を食べるのもいいかなって思えるのですが、子供の時って七草粥が苦手だったんですよね。
私は割と特殊で、七草が原因とかじゃなくてシンプルにお粥がダメだったので相当に苦痛でした(柔らかくて水っぽいところが受け付けなかった)

こんなケースは極めて珍しいと思いますが、お子さんから「何で七草粥を食べなきゃいけないの?」的なことは言われることがあるはずです。
それこそ、上で書いたようにスーパーもコンビニ営業している中で、七草粥を食べなきゃいけないって言われてもお子さんからすれば納得できないのではないでしょうか。

そんな時にどう説明するかですが、ここで書いたような詳しい由来について話しても恐らくは興味を持ってくれないと思います。
お子さんの年齢にもよりますが「これを食べるとこの1年元気で過ごせるんだよ」的な、シンプルなアプローチがいいですね。

由来の方は「昔の人も、七草粥を食べて健康に過ごしていた」といった感じなら嘘はありませんし、お子さんへの説明としては悪くはないですよ。
「どうして今日(1月7日)に食べなきゃいけないの?」的な疑問に対しては、RPG的な感じで「1月7日にしか手に入らない貴重なものだから」といった返しをするのがいいと思います。

なるべくシンプルにまとめて、それでいて興味を持ってもらえるように工夫してくださいね。

まとめ

中国から入ってきた文化、それに日本の文化が混ざってできたのが七草粥という存在なんです。
節句とも密接に関わっているのでややこしいですが、誰かに説明するならこの記事を参考にしてくださいね。


この記事のポイント
・中国で、1月7日の人日の節句に食べられていた野菜の羹(あつもの)が七草粥のルーツ。
・日本の若菜摘みと合わさって七草粥が生まれ、江戸時代に一般的になった。
・子供向けに由来や食べる理由を説明するなら、なるべくシンプルに。
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