バレンタインの由来や意味は、日本でチョコレートが売られるのはなぜ

この記事は約 10 分で読めますよ。

年が明けてから初詣、成人式、節分など色々とイベントがありますが、盛り上がりという意味では2月14日のバレンタインデーが一番ではないでしょうか。
このバレンタインデーがどうして恋人たちの日になったのか、チョコレートを贈るのかは気になるところですよね。



バレンタインの由来や意味って?

バレンタインデーはローマ帝国時代のキリスト教の聖職者、ヴァレンティヌス(バレンチノ)にまつわる記念日です。
ヴァレンティヌスが亡くなったとされているのが西暦269年と相当に昔の話なので、エピソードについては事実なのかはっきりしないものもありますが、最も有名なエピソードはカップルを結びつけたものですね。

当時のローマ帝国の皇帝はクラウディウス・ゴティクス(クラウディウス2世)ですが、何と兵士の結婚を禁止したんですね。
家族を残した状態では、心配などの理由でモチベーションが下がり兵士が役に立たない、そういうことを危惧したからだと言われています。

創作なら、家族を残してきて戦場に立つ場合は「何がなんでも生き残る」的なケースも多いものですが、現実には違うのかもしれません。
ともかく、結婚が禁止されてしまった兵士たちは悲しんだのですが、ヴァレンティヌスが内緒で兵士たちの結婚式を挙げていたんですね。

「やるなよ、絶対に結婚式なんかやるなよ!」とクラウディウス2世が言ったかは知りませんが、ヴァレンティヌスに対して結婚式をやめるように迫ります。
けれども、ヴァレンティヌスはその命令に従わなかったので、269年の2月14日に処刑されてしまいました。

2月14日の翌日の2月15日は古代ローマの神、ユーノー(結婚の神)やマイア(豊穣の神)に祈りを捧げるルペルカーリア祭があったんですね。
これはキリスト教以前からあったもので、キリスト教からすれば古代ローマの神は別の宗教の神です。

ヴァレンティヌスの時代からだいぶ後、西暦5世紀(6世紀間近の時期)に当時のローマ教皇であるゲラシウス1世はルペルカリア祭を廃止して、代わりにバレンタインデーが生まれました。

バレンタインの由来がどうして日本独自になったの?

上でヴァレンティヌスの逸話について説明した後でこういうことを言うのはあれですが、ヴァレンティヌスのエピソードはバレンタインデーができた時にこじつけみたいな感じで持ち出された話の可能性が高いんですね。
ゲラシウス1世の時代でもヴァレンティヌスの話は伝説的な感じで伝わっていて、キリスト教からすれば異教であるローマの神のイメージを消すためにヴァレンティヌスを利用したというのが正確なところです。

そもそも、クラウディウス2世が兵士の結婚を禁止したなんていう話自体が事実だという明確な証拠はなくて、さらに言うならヴァレンティヌスという聖職者が本当にいたのかもはっきりしないんですね。
269年2月14日に処刑された聖職者がいるのは事実のようですが、他の聖職者とごっちゃになって話が伝わっているので、何が本当なのかもはっきりしません。

そんな感じで、ヴァレンティヌスについては不明なところが多いですが、禁止された結婚式を決行したというエピソードからバレンタインデーは恋人たちの日になりました。
海外では、バレンタインデーと言えば性別に関わらず恋人に想いを伝える日で、使われるアイテムは花が多いものの、カードやケーキなどもよく使われます。

ヴァレンティヌスは結婚式を取り持ったカップルに対して、自宅の庭の花を贈ったと言われているので、そこから花を贈る習慣が生まれました。
もちろん、海外でも地域や国によってイベント内容は異なりますが、日本のように女性からアプローチするのは異色ですね。

どうして日本独自の文化が生まれたかですが、こちらは割と最近のことなのにはっきりしないんですよ。
こちらの男性向けの自分チョコの記事でも少し触れましたが、一言で言うなら「お菓子メーカーの陰謀」です。

実際、複数のメーカーが戦後にバレンタインデーを流行らせようとしているのですが、どこの功績かが今ひとつはっきりしません。
分かっている限り、早い時期から日本でバレンタインデーを定着させようと仕掛けたメーカーが以下の4社ですね。

スポンサーリンク
  • 神戸モロゾフ製菓
  • メリーチョコレートカムパニー
  • 森永製菓
  • ソニープラザ

最も古い記録が神戸モロゾフ製菓(現在のモロゾフ)が戦前の1936年に出した新聞広告で、こちらは「バレンタインデーにチョコレートを贈ってみませんか?」的なものです。
メリーチョコレートカムパニー(現在はロッテグループ)は、1958年に伊勢丹で「バレンタインセール」というキャンペーンを行っています。

森永製菓は1960年、神戸モロゾフ製菓と同じように新聞広告で、バレンタインデーとチョコレートを絡めて宣伝を打っていますね。
ソニープラザはこの中では最も遅いですが、1968年にチョコレートを流行させようとキャンペーンを展開しました。

明確な記録が残っているのに起源がはっきりしないのは、バレンタインデーが本格的に流行したのは1970年代後半だからですね。
1950年代、1960年代頃から日本でもバレンタインデーの文化は作られていましたが、流行した1970年代後半にはどこの功績かよく分からなくなったわけです。

当然、早くからバレンタインデーに力を入れていたら経営者は「うちが流行らせた」みたいなことを口にするわけで、余計に話がこんがらがっています。

バレンタインの由来でチョコレートが使われるようになったのは?

本格的に日本でバレンタインデーが流行してからは、女性が男性に対してチョコレートと共に気持ちを伝えるもの、といった感じになりましたが、それ以前はちょっと違ったんですね。
どちらかと言えば海外のように性別関係なしで、バレンタインデーのキャンペーンではチョコレート以外のものも使われていたんですよ。

上で出てきた神戸モロゾフ製菓の広告でも森永製菓の広告でも性別は限定されていませんでしたし、森永製菓の広告ではチョコレートは出てきますがあくまで選択肢の1つって感じでした。
それがどうしてチョコレート限定みたいな感じになったのか、こちらは日本チョコレート・ココア協会が2月14日をチョコレートの日に制定したのが大きく関係しています。

実際には「~の日」や「~記念日」は個人でもお金を出せば制定できるのですが、当時は恐らくそんなことは知られていなかったでしょうから、お菓子メーカーが「チョコレートの日だからバレンタインデーはチョコレート」みたいにキャンペーンを展開すれば「そういうものなのか」って思ってしまうはずです。
結局のところは上で書いたように「お菓子メーカーの陰謀説」に落ち着くのですが、それでも需要があるから定着したのだと思いますよ。

こちらの記事で取り上げたように、私はアドラー心理学を少しかじっているのですが、アドラー心理学では人間は目的のために理由を作り出すとされています。

怒っているのは「自分が怒りたいから」なのに、相手が悪いみたいに理由を探すわけですね。
これが正しいかはとりあえずはさておいて、この目的と理由の話を当時のバレンタインデーに当てはめてみると、女の子は男性に対して告白したかったのではないでしょうか。

何せ女性の人権がまだまだだった時代ですから、女の子からの告白なんて少なかったと思われます。
そこに「チョコレートと一緒に想いを伝える日」なんてキャンペーンが出てきて、理由を作り出す必要もなくなったわけです。

「そういう日なんだからチョコレートと一緒に告白してみよう」といった感じに考えた女の子も、割と多かったのだと思いますよ。
個人的には現代の義理チョコは「ちょっと……」って感じる方ですけど、バレンタインデーの力を借りて告白する女の子がいるのなら、それはそれで日本独自のバレンタインデーにも意味はあるのかなって気がします。

まとめ

世界のバレンタインデー、日本のバレンタインデーを軽く紹介しましたが、はっきりしないところも多くあるんですよね。
メーカーの売上アップの陰謀は間違いなくありますが、あまりそこは気にせず乗っかるのもいいと思いますよ。


この記事のポイント
・ローマ帝国の聖職者、ヴァレンティヌスの伝説からバレンタインデーが作られた。
・日本でバレンタインデーを流行らせようとしたメーカーは複数ある。
・チョコレートの日ができてから、バレンタインデーと言えばチョコレートになった。
おすすめ記事(広告含む)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする