日本のモラルは低い高いどっち、崩壊しているのは何が原因か

この記事は約 9 分で読めますよ。

日本人のモラル低下が著しい、よく聞かれる言葉ですね。
これは果たして本当なのか嘘なのか、今回はこちらを詳しく掘り下げていきたいと思います。



日本のモラルが低いわけないんじゃないの?

まず、日本人のモラル低下が著しいというのは本当か嘘かですが、個人的な考えでは嘘です。
「なかなかいいこと言うじゃないの」と思ったのなら残念ですが、あくまでモラルの「低下」がないってだけですよ。

個人的な考えを言うなら、そもそも「低下」するだけのモラルは元々存在していないので、下がりようがないわけです。
ちょっと話は飛びますが、こちらも割とよく聞かれる言葉である「恥の文化」について少し説明します。

ルース・ベネディクトの著作「菊と刀」に登場するのが「恥の文化」ですが、これはかなり悪い意味です(日本人は恥ずかしいことはやらないみたいなプラスの意味ではありません)

簡単に言うなら、日本人は周囲をやたらと気にしていて、悪事がバレたら死を選ぶこともあるって感じですね。
それに対して西洋は「罪の文化」であり、常に神様が見ていると考えて行動している、とされています。

この「菊と刀」が世に出たのは戦後すぐなので、日本を悪く言って西洋を持ち上げるみたいな面があることは……ないとは言えませんね(あるとも言えないのですが)
そもそも、ルース・ベネディクトは日本に来たことがないので、あくまで聞きかじりと言えば聞きかじりです。

この「恥の文化」と「罪の文化」のどちらがいいのかって問題もありますが、個人的に気になるのは「恥の文化」のモラルのなさですね。
悪事がバレるのを恐れている割には「悪事をする」ことに対しては何のためらいもない、とも言い換えられるかもしれません(今となっては真意は不明ですが)

個人的には、日本人はほぼ損得勘定のみで行動していて、モラルなんて皆無だと思いますよ。

犯罪が少ないし日本はモラルが高いでしょ?

現実に大きな犯罪件数は少なく、日本は安全な国と言われていますけど、モラルがあるとイコールではありません。
そもそも、モラルがちゃんとあるならどうして「karoshi」なんて不名誉な英語が誕生していたりイジメによる自殺が多いんだって話ですよ。

悪いことをしてしまいそうになるケースは誰にでもあって、私自身も思い当たることはあります。
ただ、この時に「それは悪いことだ」って考えるのではなくて、想像を働かせて「もしバレたらどうしよう」って考えるケースが多い気がするんです(昔の私もそうでした)

今ならTwitter辺りで炎上して個人情報拡散なんて恐れもあるので、それこそデメリットは計り知れないわけですよ。
ただ、理想はそういうデメリットを気にするのではなくて、あくまで「それはいいことか悪いことなのか」を自分で判断すること(=本当の意味でのモラル)だと思います。

だって、その辺りのモラルがないと、損得勘定で抑えきれないってことが出てくるはずです。
「家族など周囲に迷惑がかかる、だから何だ」と開き直れたらそれで終わりですし、あとは「損得勘定を考えてもなお許せないことがある」ってなっても終わりですから。

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やっぱり、ルース・ベネディクトが言う「恥の文化」のように、周囲からの評価を気にしてばかりで、本質的なモラルが欠けているのではないでしょうか。
同様に、本来はプラスであるはずの「優しさ」も、打算で行われるので本質的には優しくないケースが多いですよ。

モラルがないという割には平和ですけど、これは同調圧力があるからこそこの程度で済んでいるのだと思います。
海外だと同調圧力をどう訳すか困るみたいな話はありますが、周囲と違うものを排除される同調圧力は治安の維持に一定の効果は期待できるはずです。

何だかんだで「悪いことはしてはいけない」というのが不文律としてあるので、そこから外れるケースってそんなに多くはないと思います。
ただ、同調圧力を褒め称えるのも問題で、同調圧力があるからこその犯罪も存在すると感じているんですよね。

日本のモラルが崩壊しているってこと?

多数派に合わせろという無言の圧力が同調圧力ですけど、多数派が間違っていれば暴走が起きます。
こんな記事を書いたのは、つい昨日に稲村亜美さんが始球式で中学生に襲われたみたいなニュースを聞いたこととも関係していて、あれなんかもろに同調圧力の悪い面が出ていますよね。

いいことか悪いことかで言ったら絶対に悪いことなのですけど、あの場ではむしろ悪いと考える方が異常な空間だったんではないでしょうか。
その後の部活動で「ノリの悪いやつ」みたいに思われるのが嫌で参加する、みたいな例もあったと思うんですよね(これは100%想像ですが)

あと、この記事を書いている時点でのトレンドは財務省による公文書の書き換え疑惑ですけど、これにしたって根っこは同じ気がします。
当たり前ですが書き換えなんてしてはいけないのですが、それが許されない空気感があったと思いますね。

他にも役所絡みの収賄とか談合とか、そういうものも正しい正しくないよりも「その環境での多数派の意見」が優先された結果のような気がしてなりません。
正義感が強くてそういうのを嫌がったら、あっさりと出世コースから外されるとかありそうですしね。

この辺りは全て想像なのであれですが、日本では同調圧力がモラルより上の位置に存在するのは今まで生きてきて実感しています。
同調圧力などが原因で周囲を異常に気にすること、そのせいでモラルが育っていないこと、仮にモラルがあっても同調圧力により機能しない例もあること、この3つが今の日本のダメなところの根っこにあるような気がしてなりません(政治も経済も教育もほぼ全てこれが問題なのでは?)

どうすれば改善されるかですが、残念なことにモラルを教えられる存在がほとんどいないので諦めるしかないと思いますよ。
教師は教師でブラックな立場で苦しんでいるようですが、一方でモラルを教える立場の教師の犯罪もよく聞かれますからね。

極端な話、政治家だろうが思想が右寄りだろうが左寄りだろうが、男性だろうが女性だろうがお年寄りだろうが子供だろうが、モラルは極めて多くの箇所で崩壊しているので、このダメな状態を改善しようとすると「同調圧力」として潰されるしかないと思います。



まとめ

モラルをそれぞれが持つのは理想論に近く、実は同調圧力のように周囲を気にして損得勘定で動く方が(ある意味では)楽なんですよね。
ただ、根本的な解決から遠ざかるどころか別の問題も生み出すので、何とか個人個人のモラルを高めていき、周囲の意見に惑わされないで済むような世の中になって欲しいと個人的には思います。

この記事のポイント
  • 「恥の文化」は悪い意味で、モラルのなさがうかがえる。
  • 日本人にモラルはなく、デメリットを避ける意味での打算が極めて大きい気がする。
  • 同調圧力のせいでモラルが働かないという悪循環も存在する。
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